医療法人博侑会 吉岡医院

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日々の診療で考えていること

2017年8月27日

残暑厳しい毎日です。
皆さんお疲れは出ていませんか?

各地で落雷が頻発したり、
中国ではものすごい台風が建物を吹き飛ばしたり、
連日気候の変化に伴う災害が報告されています。

海水温の上昇とともに魚の量や漁場も
近年劇的に変化しているそうです。
海水温が1度上がるだけで状況は一変するそうです。

もうすぐ味覚の秋ですが、
例年通り旬の味が食卓に並ぶのか、
何となく不安になってきます。

自然の摂理には抗いようもありませんが、
近隣諸国の無秩序な漁業の乱獲などには、
きちんと対抗していただきたいと思います。

 

 

さて、
私が当院で診療するようになり、
次の10月で7年が経ちます。

私が診療するまでは、
父の亡きあとを非常勤の外科医師が週3日で、
約10年間診療を行って頂いていました。

その際患者様を引き継いだのですが、
私も開業医としての診療が初めてだったので、
目に見えない重圧を感じておりました。

私が引き継いだとたん、
皆様の体調が悪化したらどうしよう、
そんなことが脳裏をよぎったことも少なくありません。

引き継いだ患者様の中にはご近所さんで
父の時代から通院され、
私も小さいころから知っている方もおられます。

 

私が普段どのようなことを考え、悩み、
不安を感じて日々の診療を行っているか、
患者様を通してお話しできればと思っております。

 

引き継いだ患者様のお一人で80代の女性の方がいました。
ウイルス性の肝障害、肝硬変のある患者さんで、
週に3日当院に通院され点滴を受けておられました。

肝硬変のある方は状況にもよりますが、
肝臓の機能障害による様々な合併症や、
栄養障害のため通常あまり長生きはできません。

その方も肝硬変で80歳を越えているとなると、
いつ体調を崩すか分かりませんので、
私としても日々心配しながら診療していました。

体は小さく細い方で、
いかにも体力のなさそうな方でしたが、
私が診るようになってからも元気に通院されました。

途中胃からの出血や肝機能の悪化などで、
数回入院はされましたが短期間で退院され、
比較的安定して経過されました。

私に代わって3年くらい経ったところで、
何となくですが少しほっとした気がしました。
もう80歳も中ごろになっておられました。

それからさらに3年が経過し、
足腰は年齢とともに衰えてこられましたが、
何とか歩いて通院されました。

ある年の夏には娘さんたちと、
念願の飛行機での北海道旅行を決行され、
無事に帰ってこられました。

そのように何とか元気で暮らしておられました。
しかしながら病気は徐々に進行します。

昨年の秋肝臓の状態が悪くなり、
腹水が大量にたまるようになりました。

一度入院され精査されたところ、
どうも他の癌の可能性があるとのことでしたが、
年齢や全身状態より治療はできない状況でした。

腹水は減ることなく退院されました。
癌を患っていることもあり、
余命もあまり長くないと思いました。

退院後も週3日当院に点滴に通院されました。
その甲斐もあり病状は小康様態となり、
そこから半年以上入院なしで過ごされました。

今年6月になると腹水が徐々に増えお腹を圧迫し、
食事がとりづらくなってきました。
本人の希望もあり入院していただきました。

入院後1カ月くらい経過し、
まだ退院の話が出ないことより、
病院にお見舞いに行きました。

7月下旬の暑い日でした。

ベットで横になっておられるところを伺い、
入院後もあまりよくなっていない印象を受けました。
腹水は改善はなくお腹のはりでしんどそうでした。

本人に聞いても、
治療のことはよくわかっていませんでした。

「もう、家に帰りませんか」
と私はその方に告げました。

自分だけでは決められない、
そう言いたげな顔をされ、
しんどいのか何も返事されませんでした。

「入院で何もすることがないんなら、
家で過ごしてもいいですよ。往診しますから」

そういい残して私は病院を後にしました。

 

それから数日後のことでした。

入院先の病院から、
昨晩亡くなられたと報告を受けました。

最後は急に状態が悪化し、
短時間ですっと息を引き取ったそうです。
苦しむことはなかったと、
ご家族の方から報告を受けました。

思えば早くから肝硬変という重病を患いながら、
80代後半まで頑張って生きられました。

入院して1か月で亡くなったところを見ると、
しんどい中頑張って通院されたと思います。
最後を病院で過ごすか自宅で過ごすかは、
あまり大きな問題ではないと思います。

私が引き継いでから7年弱でした。
長いか短いか分からないような期間ですが、
私も少しは責任が果たせたのではと思っています。

医院ではその方が愛用した点滴の椅子が、
今では主人をなくして寂しげに佇んでいます。
それを見ると何かが足りていないと感じるとともに、
少し肩の荷がおりたような気がしました。

 

私がこの話をご紹介したのは、
日々の診療を行いながら、
何となく感じていることをお伝えしたかったからです。

いいこともあれば、悪いこともあり、
うまく行くこともあれば、行かないこともあります。

 

同じように私の父の時代から通院され、
前のドクターから引き継いだ患者様の話です。
70代の女性の方です。

高血圧や高脂血症で通院されていました。
普段はとても元気な方で、
ずっとおひとりでお店を経営されておられました。

年相応の腰痛や肩の痛みなどもあり、
年々来る体力の低下で、
70代後半になりお店をたたまれることとなりました。

長年皆さんに愛された、
その界隈では有名なお店でした。
辞めると決意されたときには晴れやかな笑顔を見せ、
少しゆっくり過ごしたいとおっしゃっていました。

そのような時、
ある症状が気になったので、
念のために胸部のCTを取ることになりました。

私もあまり心配はしていなかったのですが、
FAXで送られてきたCTの結果には、
想像していたのと異なる悪い報告がされていました。

肺がん、胸膜播種、多発骨転移。

手術で治るような時期ではなく、
相当進行した状態でした。
私はバットで後頭部を殴られたような衝撃を受けました。

長年やってこられたお店を全うされ、
これからゆっくりと自分の時間を楽しむ予定の方でした。
これほど悪い知らせはないと思いました。

お店の後片付けもままならないまま、
入院して治療が始まりました。

病気になってしまうのは運命的なものですが、
普段から定期的に通院され顔を突き合わせている中で、
このような深刻な病気をこれだけ進行した状態になるまで
見つけられなかったことに対する責任は、
少なからずあると思います。

では半年や1年前に発見したら治ったかというと、
それも定かではありませんが、ただ、
それなりに準備する時間ができたのではないかと思います。

結局この方は治療に多くの時間が奪われました。
自宅でゆっくり過ごすことはなかったのではないかと、
想像しています。

 

このような痛恨の思いをすることも、
少なくありません。

内科医は、あるいは開業医は、
今目の前に与えられている病気を、
治療すればよいというものではありません。

その方の人生や生活も場合によって理解したうえで、
長期的な健康状態も踏まえ、
見ていかなくてはなりません。

今ある病気を治療することだけではなく、
今後起こりうる病気に対する考慮も、
内科の医師は考えていく必要があるのです。

この辺りは他の診療科と異なる部分かもしれません。

 

この方の胸部CTの報告書は、
今でもパソコンのFAX受診画面に残しており、
いつもチェックする際に目につくようにしています。

人間は忘れていく生き物ですので、
日常の中で思ったこともすぐに忘れてしまい、
その時強く感じた痛い思いもいずれは風化していきます。

私のような限られた経験しかない若輩医師が、
長期間皆さんの健康管理をさせていただくには、
数少ない経験をいかに生かせるかが全てだと思います。

また患者様それぞれに、
健康に対する意識や環境も異なりますので、
その辺りも無理なく歩調を合わせながらということになります。

 

とりとめもない話となりましたが、
このようなことを考えながら、
日々の診療を行っております。

 

 

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